Vol.3 緊張や落ち込みを和らげるための心理学的技法(後半)

マインドフルネス

人間にとって感覚をシャットアウトすることは、思っている以上に難しいものです。ただ、感じたことを受け入れることによって見えてくるものもあります。大切なのは思い浮かんだことや感情などについて考えたり答えを探したりするのではなく、今この瞬間に「あぁ自分はそう思っていたのだな」というところで留めるということです。こうした「マインドフル」な状態になることで、自分の考えや想いに気づいたり、体の細かな感覚に意識を向けたりすることができ、ささいな変化に気づくことで心の状態を整えていくことができます。

マインドフルネスで一番メジャーなのは呼吸法ですが、呼吸のように目に見えないものに意識を向け続けるのが苦手な方もいるかと思います。そこで、今回はレーズン・エクササイズと呼ばれる「食べる瞑想」をご紹介します。

レーズンをしっかり観察する

レーズン・エクササイズでは、一粒のレーズンをお皿に入れて用意します。レーズンが苦手な場合には、ナッツや梅干しでも代用できます。

まずはレーズンを手に取って観察しましょう。形や色、触った感触、においなど、まるでレーズンを初めて見たかのように丁寧に観察していきます。観察が難しい場合には、心の中で実況中継をするようなイメージでも大丈夫です。途中で食べたくなったり、唾液が出たりするかもしれませんが、その思いは脇に置いてひたすら観察を続けます。

レーズンを食べる

次に、レーズンを口の中に入れてゆっくり食べます。甘みを感じたり、噛んでいくうちに弾力がなくなったりするかと思いますが、それをじっくりと体感していきます。最後に、レーズンを飲み込んだときの喉を通って自分の体の中に入っていく感覚まで、しっかり意識しましょう。

レーズン・エクササイズでは外見や香りなどいろいろなものを意識して観察することで、今まで見過ごしていた感覚に気づくこともできます。また、観察する中で食べたいという欲求が出てきますが、欲求を脇に置いて観察し続けることによって欲求に振り回されないということがどういうことか、実際に体験することができます。ちょっとしたことですが、何度も繰り返すことで生活感を変えていくことにつながるのです。

自律訓練法

意識してリラックスするのはなかなか難しいことです。ですが、イメージや自分への暗示を使うことでリラックスし、体と心のバランスを整えることができます。想像するのが得意な方でしたら、自律訓練法のほうが実践しやすいでしょう。

自律訓練法も漸進的筋弛緩法と同じで、椅子に座ったり、仰向けに寝たりとくつろいだ姿勢でおこないます。「両手が重い」「楽に呼吸をしている」などの特定の催眠フレーズをイメージすることで、自分自身に催眠をかけていき、リラックスすることができます。自律訓練法ではどちらかというと受け身で、心身の変化に身を委ねることが大切です。「しよう」「しなければいけない」と考えるのではなく、「すでにできている感覚」を受け入れることが大切です。

自律訓練法は以下の手順でおこなっていきます。

「気持ちが落ち着いている」という言葉を4~5回ゆっくりと繰り返します。気持ちが落ち着いてきたら、次のステップに進みます。

「右手が重い」という言葉を4~5回ゆっくりと繰り返します。すると、右手が重くなった感じがしてきます。同じように、「左手が重い」「両手が重い」「右足が重い」「左足が重い」「両足が重い」「両手、両足が重い」と進めていきましょう。ちなみに、一般的な催眠術のように「だんだん重くなる」といった表現は自律訓練法では使いません。

「右手が温かい」という言葉を4~5回ゆっくりと繰り返します。言葉を自分に聞かせることで、ストレスによって頭や体幹部分に集中した血液を手や足などの体の末端へめぐらせていきます。

同じように、「左手が温かい」「両手が温かい」「右足が温かい」「左足が温かい」「両足が温かい」「両手、両足が温かい」と進めていきましょう。

この後も「鼓動が規則正しく打っている」「呼吸が楽になる」などの催眠フレーズは続くのですが、ここまででも自律訓練法のリラックス効果を十分に得ることができます。

なお、さらに進めていく場合には難易度が上がるため、公認心理師などの専門家の指導の元でおこなうとより効果が得やすいでしょう。

自律訓練法をした後は、催眠にかかったようなぼんやりした状態になっています。そのため、必ず意識をシャキッと目覚めさせなければいけません。ゆっくり指を1本ずつ動かし、両手から両腕に力を加える、首や頭の上に手を挙げて背伸びをする、足をゆっくり動かすなど体を目覚めさせる動作を必ずおこなってください。

これらの心理学的技法の効果は、緊張や落ち込みといった感情を和らげるだけではありません。MS患者さんを対象にした研究によると、漸進的筋弛緩法やマインドフルネスには疲労感を和らげる効果が、自律訓練法にはエネルギーを高める効果があったという報告もされています。もちろん、1回ですぐに効果が出るものではないので、繰り返し練習をしていきましょう。

いかがでしたでしょうか。これらの技法に共通しているのは、「気分や感情の変化をみとめて、それらとうまくつきあう」というスタンスです。病気の状況などに関わらず、気分や感情が動き、ときにはつらくなったりするのは生きていれば当然のことだと言えます。

それらを否定したり、我慢して外に出さないままでいるのではなく、自分の変化に素直に気づいて、うまく付き合う方法を探していくことが、日々を快適に過ごすポイントとなるでしょう。

公認心理師 橋本 空

参考資料

有光興記 (2017). 図解マインドフルネス瞑想がよくわかる本 講談社

De la Torre, G. G., Mato, I., Doval, S., Espinosa, R., Moya, M., Cantero, R., Gonzales, M., Gonzalez, C., Garcia, M. A., Hemans, G., González-Torre, S., Mestre, J. M., & Hidalgo, V. (2020). Neurocognitive and emotional status after one-year of mindfulness-based intervention in patients with relapsing-remitting multiple sclerosis. Applied Neuropsychology: Adult, Published Online.

五十嵐 透子 (2001). リラクセーション法の理論と実際-ヘルスケア・ワーカーのための行動療法入門- 医歯薬出版株式会社

森谷利香・池田七衣 (2004). 漸進的筋弛緩法による多発性硬化症病者の疲労への効果と課題̶4名への2週間の介入を試みた事例研究̶ 摂南大学看護学研究, 2, 23-31.

Simpson, R., Booth, J., Lawrence, M., Byrne, S., Mair, F., & Mercer, S. (2014). Mindfulness based interventions in multiple sclerosis - a systematic review. BMC Nrutology, 14.

Sutherland, G., Andersen, M. B. & Morris, T (2005). Relaxation and health-related quality of life in multiple sclerosis: The example of autogenic training. Journal of Behavioral Medicine, 28, 249-256.

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