多発性硬化症(MS)とは |
多発性硬化症は中枢神経系(脳・脊髄、視神経)の病気です。中枢神経は神経細胞体から出る電線のような軸索を通して電気信号を伝え、暑さ・寒さの感覚や身体を動かす指令などを送っています。
疾患情報 監修:多発性硬化症治療研究所 所長 斎田 孝彦 先生
多発性硬化症というなじみのない病名を医師に告げられた患者さんやご家族の方は、これがどのような病気なのか、つらい症状は治るのか、あるいはこれからどうなるのか、と不安でいっぱいのことと思います。
多発性硬化症は治療せずに自然経過にまかせれば症状が再発したり障害が進行する病気です。しかし近年の治療法開発の進歩によって、この病気を正しく理解し、医師と協力して治療にあたれば、再発をなくしたり、少なくしたり、再発してもその症状を軽く抑えることができます。初期から有効な治療を続けることにより、障害のない生活を維持することも可能となってきました。
まずはこのサイトを読んで、この病気の基本的なことを理解してください。読んでもわからないところや詳しく知りたいことは、遠慮なく医師や看護師に聞いてください。十分な治療効果を得るためには、ご自分がおかれている状況や診断、治療の意味を知ることが非常に大切です。
電線がショートを防ぐためにビニールのカバー(絶縁体)で覆われているように、中枢神経もミエリン[髄鞘(ずいしょう)]というもので覆われています。
多発性硬化症では炎症によってミエリンが壊れ、中の電線がむき出しになって[脱髄(だつずい)]、信号が伝わりにくくなったり、あるいは異常な信号を伝えたりすることがあります。その結果、視力障害、運動障害、感覚障害、認知機能障害、排尿障害などさまざまな神経症状があらわれるのです。
炎症をともなう脱髄病巣は脳や脊髄のあちこちに繰り返し起こります。脱髄が多発し、炎症がおさまった後に傷あとが硬くなるので、「多発性硬化症」の名があります。英語のmultiple(多発性) sclerosis(硬化症)の頭文字をとって、MSとも呼びます。
MSがなぜ起こるのかはまだ十分に明らかになっていませんが、「自己免疫」が関係しているのではないかと考えられています。ヒトの身体では細菌やウイルスなどの外敵から身を守るために、白血球やリンパ球などを中心とした免疫系というしくみが働いています。ところが、何かのきっかけで、免疫系が本来は攻撃しないはずの自分自身の細胞を攻撃し障害をもたらすことがあります。これを「自己免疫疾患」といいます。MSでは脳や脊髄のミエリンが自分自身の免疫系に攻撃された結果、脱髄が起こり神経線維の切断が生じます。以下の多数の要因が組み合わさって発病すると考えられています。
両親から引き継がれる数百個の遺伝子の組み合わせで、MSになりやすいかどうかが決まります。遺伝子の組み合わせによってたまたまMSになりやすい体質であることが、MS発症の一因となります。1つの遺伝子で決まる遺伝病とは異なり、直接遺伝することはありません。ただ、MSになりやすい体質が遺伝することはあり、日本人のMSでは100人に1人程度で家族内発症があります。
MSの発症は日照時間の短い地域で多く、妊娠中や小児期の日照の少なさによるビタミンDレベルの低さがMS発症を促進する要因となることがわかっています。
MSは衛生状態の良い地域や家庭に多い傾向があります。ウイルスなどの感染因子に曝露される年齢が高い場合に、ヘルペス属ウイルスなどの感染が引き金となって、自己免疫によるミエリンへの攻撃が始まることがMSの原因の1つではないかと考えられています。ウイルスが脳に感染するわけではなく、MSが他の人にうつることもありません。
MSは白人に多い病気で、日本人では比較的まれな疾患と考えられており、戦前にはほとんど存在していませんでした。しかし近年、急速な増加がみられ、最近では10万人あたりの患者数が北海道では20人程度、全国平均でも10人以上いると推定されています。MSは若い人に発症することが多く、平均発症年齢は30歳前後ですが、小児や高齢者が発症することもあります。男性よりも女性に多く、男女比はおよそ1:3です。