Vol.2 ステージ理論を知る(後半)

 ステージD:医療従事者との関係継続

この段階にいる人は、MSの患者さんとしての生活を送る中で、治療が思ったように進まないという不満や、治療の副作用が日常生活や社会生活に支障をもたらさないかという不安、今の治療が最適なのか知りたいといった欲求が出ている段階です。職場や家庭の人間関係が調整され、ある程度安定した生活が送れているという認識が戻ってくると、治療にもより積極的に参加しようとする意欲が出てきます。患者さんが自分の治療に関して前向きに考えることは良いことです。しかし、実際の治療場面では、たとえ言いたいことや悩みが色々あっても、伝えていいのか、失礼にならないかなどを考え、それを医療従事者には言いにくいことも多いのではないでしょうか。

この段階でのストレスは、医療従事者と上手くコミュニケーションが取れないことや、治療に伴う痛み・不快感、治療継続の煩わしさなど治療に特化したものが多いと言えます。そのため、治療上の不安や懸念を治療者にうまく伝えることが課題となります。

そうしたときに役に立つのが、医療従事者と患者さんの間で生じうる考え方のズレや誤解を理解するための行動経済学理論(プロスペクト理論、サンクスコストバイアス、現状維持バイアス、利用可能性ヒューリスティックなど)や、円滑なコミュニケーションができる心理学的技法(アサーション、アイコンタクト、傾聴など)です。それらを用いることで、適切に自分の主張ができるようになり、納得して治療を受けることができるで

 ステージE:病気との共生と自己実現

この段階にいる人は、MSと共に生きる自分として将来を考え始めることができるようになります。ここまでのステージでは、現在の自分の状況を考えることで精一杯でした。しかし、将来のことを考えることができるようになったというのは、とてもすばらしいことですが、「現在のMSの症状が安定しているからといって、いつ再発するかは分からない」、また、「現代の医学ではMSは治らないのかもしれない」といった心配を抱えながら、病と共に生きなければなりません。そんな病気と共にある自分を意識しながら、そのなかで自分にできることや自分が本当に楽しめることを探している状態と言えます。

この段階でのストレスは主に再発への不安です。これからの前向きな生き方を目指し、「MS患者としての自分」としての自己実現を行うことも課題となります。自己実現は長い間かけて行うものですので、一朝一夕にできるものではありません。しかし、ポジティブ心理学の知識(ウェルビーイング、強みエクササイズ、Three Good Things、ボランティアなど)は、その準備をする上で役に立つでしょう。

 ステージF:自己実現後の理想

この段階にいる人は、MSの悪い面だけではなく良い面も認め、病気を患ったことにさえ意味を見出している段階です。もちろん、ときには症状の再発・悪化で落ち込んでしまったり、MSを抱えているということから、同年代の人が就職・結婚・妊娠・出産・育児などするのを見聞きしたときには気後れのようなものを感じてしまうことがあるかもしれません。しかし、「MSを抱えているから健康な人と比べて幸せになることができない」ということはありません。自分の人生を最後まで楽しみたいと前向きに生きようとすることは、MSの患者さんにとっても実現可能な一つのありかたと言えるでしょう。

この段階は心理ステージの最終地点なので、乗り越えるべき課題はありません。病気の有無にかかわらず、自分らしさを発揮できている自己実現の状態は、自分の人生を充実したものにしていく上で、目指したいものの一つだと思います。その状態を大切にして日々を過ごしてみましょう。

いかがでしたでしょうか。今の自分がいるステージをしっかり理解して、課題をクリアして次のステップに進むことが大切です。皆さんがご自身の状態を把握して、より良い毎日を送れることを願っております。

公認心理師 橋本 空

参考文献

藤田正裕 (2014). 99%ありがとう―ALSにも奪えないもの― ポプラ社 井狩知幸・小西かおる (2019). 多発性硬化症患者の心理的変化に関する質的研究 日本難病看護学会誌 23, 227-237.

マズローの欲求5段階説

内藤佐和子 (2009). 難病東大生―できないなんて、言わないで― サンマーク出版

須藤恵子 (2015). 自分の話を聞いてもらうのがとても大切。楽しいことを見つけ、病気を忘れる時間を作って前向きに。 
Retrived from https://www.pref.shiga.lg.jp/ganjoho/live/life/107195.html

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