ステージ診断を受けていただいた皆さんは、ご自身がどの心理ステージにいらっしゃるかを把握できたかと思います。今回は周囲の人や医療従事者に上手にご自身の気持ちや考えを伝えるためのコミュニケーション技法をご紹介いたします。
MSの患者さんが経験しやすいコミュニケーション上の問題は大きく2つのものがありそうです。1つ目は周囲から正しく自分をわかってもらえないという悩みです。MSは見かけからは症状がはっきりと見分けにくい病気です。MSを抱えている方が困っていても、周囲の人がそれに気づくのは難しい場合が多いでしょう。そのため、職場などで「もっと頑張らないといけない」と注意されたり、逆に病気であることを意識するあまり、相手に過剰に気を遣わせてしまう場合もあるかもしれません。こうしたときに、相手にうまく自分の気持ちや考えが伝えられると、日々の生活がより過ごしやすいものになるでしょう。
2つ目は医療従事者とのコミュニケーションでの悩みです。医療従事者は病気や治療方法を熟知した専門家ですので、当然ながら病気のことを理解してもらえないといった問題は生じませんが、患者さんの側が恐縮してしまい、ご自身の考えや要望を医療従事者にうまく伝えることができないということもあるのではないでしょうか。医療従事者とより円滑なコミュニケーションができると、治療にもより前向きに取り組めるようになれるでしょう。
このような問題の解決に役立ってくれるコミュニケーション技法が心理学にはあります。今回は、以下の4つのテクニックをご紹介しましょう。
日本人は、相手の気持ちを考えるあまりに、自分の気持ちを抑えるようなコミュニケーションをする傾向が多いと言われています。しかし、これでは自分の不満が溜まるだけではなく、必要な情報が相手に共有されないため、コミュニケーションの質が低下し、必要なことが伝わらず、自分も相手も損をするという結果になりがちです。そのため、自分の気持ちも相手の気持ちも大事にするコミュニケーションの方法である「アサーション」が大事だと言えます。
代表的なアサーションのポイントとして、以下の2つをご紹介しましょう。
1「私」のある表現を使う
相手に何かお願いしたいときは、「あなた」ではなく「私」を主語にすると、とげとげしい印象が薄くなります。
例えば、体調がすぐれないときに、自分の代わりに家族に買い物を行ってほしいとします。その伝え方を比較してみましょう。
私メッセージではない場合
「(あなたが)買い物に行って」
このように自分の気持ちをいれずに相手にしてほしいことだけを伝えると、頼まれた方にはトゲのある表現として伝わり、不快に思うかもしれません。
私メッセージの場合
「私は疲れているから、代わりに買いものに行ってくれると助かる」
一方で、このように自分の気持ちを中心とした表現にすると、相手は頼まれたことをより素直に受け入れやすくなるでしょう
「私」のある表現を使うことで、家族もあなたの気持ちを受け入れやすくなるでしょう。
「私」のある表現は、医療従事者が相手のコミュニケーションでも有効です。例えば自分の変化について医師の意見を聞きたいときには、「最近、イライラすることが増えていて、これがMSと関係あることなのかとても心配なのですが・・。」などと「私」のある表現で話をすると、医師もあなたの悩みをより受け止めやすくなるでしょう。
2「どうして?」や「~ぐらい」といった言葉に傷つく必要はない
言葉のなかには、意図したことと違ったニュアンスで伝わるものもあります。
例えば、「どうしてその仕事ができないの?」と上司に尋ねられたとします。上司は改善のための理由が知りたいだけなのに、そんな仕事もできなくなったのかと責められたと感じてしまい落ち込んでしまったという経験をされた方もいるのではないでしょうか。このように、「なぜ」「どうして」という言葉は、話している人の意図とは関係なく責めている印象を与えてしまう場合があります。
また、家族から「日中ぐらいどこか行ったら」と言われたら、嫌な気分になる人もいると思います。「~ぐらい」という表現は、受け手に「そのぐらいのこともできないの?」と言われているように感じさせてしまいがちだからです。特に家族のように気の置けない関係の場合は、言葉をあまり選ばずに会話することが多いものです。しかし、その言葉には相手を傷つけようという意図があるわけではありませんので、傷つく必要はありません。また、自分も「どうして」や「~ぐらい」という言葉を使わないようにすると、相手に誤解されることがもっと少なくなり、より良いコミュニケーションを取れるようになるでしょう。
(後半に続く)
公認心理師 橋本 空