Vol.5 周囲の人とのコミュニケーションのための
考え方のコントロール(後半)

ロールレタリング

ロールレタリングも、コミュニケーションのすれ違いによる悩みを解消するのに役に立ちます。

その方法は、自分が二人の立場の人間になって手紙のやり取りをするというものです。

例えば、会社の同僚に自分の仕事のシワ寄せが行っていて非常に申し訳ない思いをしている場合は、「自分が演じる同僚」と自分との間で手紙のやり取りを書きます。

この手法は、治療法について医療従事者に相談したいがどのように伝えればよいか悩んでいる場合などにも、治療法についての手紙を医療従事者宛てに書くといった形で応用することができます。手紙を書くことで、考えが整理され、何を伝えればよいかイメージも湧いてくるでしょう。

手紙を書くポイントは、自分の気持ちを率直に書くことと、相手になりきることです。考えたこと・感じたことを書くと、自分の考えや感情を少し離れた立場から見ることができます。そのため、深く考えることができるのです。今までは考えたこともなかった相手の気持ちに気づけ、別の視点から相手が見えてくることもあります。

とはいえ、仲の悪い人の気持ちは想像できないこともあると思います。その場合は、「これまでの人生で理解を示し、温かく接してくれた人」を想像することをおすすめします。自分ではない人になりきるということで、これまでとは違った考え方で出来事を見つめなおすことができるからです。

相手になりきって自分への手紙を書くとき、自分の欠点や見たくなかった一面に気づいてしまうこともあります。元々自分を責めやすい人がこの手法を使う時にはご注意ください

内観療法的思考

MSの症状のため自分ではできないことが多くなると思います。人の助けを借りなければならないことに、申し訳なさを感じる人もいるでしょう。しかし、申し訳なさをずっと感じていると落ち込みの気持ちが強くなってしまう恐れがあります。同じ出来事を違うふうに捉えられる気づきが必要になります。この気づきと結びつく心理学的技法として、内観療法があげられます。

内観療法では、自分と近しい人(特に母親)について以下の3つを順に思い出していきます。

1お世話してもらったこと

2お返ししたこと

3迷惑をかけたこと

①お世話してもらったことと②お返ししたことを考えていくなかで、数々の「愛された経験」を思い出していきます。また、③迷惑をかけたことを思い出していく中で、自己中心的な自分に気づきます。自己中心的な自分を思い出すのは嫌なことです。しかし、①お世話してもらったことと②お返ししたことも思い出しているので、そんな自分を見捨てずに近親者が愛情を注いできた事実に気づき、自分本位の考え方から他者の考え方ができるようになるのです。

厳密な内観療法は施設にこもって15時間ほど上記3つについて考える、しかもそれを1週間ほど続けるというものです。これらを全て行うのは多くの方にとって難しいかと思います。そこで簡便な内観療法的思考として、一日に15分ぐらい行うのです。毎日の生活ノートに内観を取り入れたとある中学校では、不登校気味だった生徒が自分は肯定されているという実感を得て、教室に入れるようになった事例もあります。家族や友人だけではなく、周りの人からの援助に対する考え方を変えるのに、厳密な内観療法ではない内観療法的思考も効果があると思われます。

いかがでしたでしょうか。これらの技法に共通しているのは、「他の立場に立って自分を顧みることで、新しい考え方に気づく」ということです。

症状によってはこれまでとは違う生活を送ることになるかもしれません。そうした変化に慣れないうちは自然な反応としてネガティブ感情を感じることもあるでしょう。そういったときは他の人の立場に立ってみたり、これまで自分を支えてくれた周囲の人を思い起こすことで、新しい考え方に気づくことができます。

公認心理師 橋本 空

参考資料

川原隆造 (2002).  内観療法の原理と応用 心身医学, 42, 355-362.

三木善彦・真栄城 輝明(編) (2006). 内観療法の現在--日本文化から生まれた心理療法 現代のエスプリ470

榮田絹代・眞崎直子・松原みゆき・古賀聖典・服部智子・今田菜摘 (2020).  自己の気づきを促すロールレタリングの教育効果-保健師教育課程に学ぶ学生の公衆衛生看護学実習の振り返りから- 日本赤十字広島看護大学紀要, 20, 1-11.

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