Vol.7 医療従事者とのコミュニケーションにおける行動経済学 (前半)

ステージ診断を受けていただいた皆さんは、ご自身がどの心理ステージにいらっしゃるかを把握できたかと思います。今回は治療場面で医療従事者との考え方のズレが生じる原因についてご説明いたします。

医療従事者は、一緒に病気に立ち向かってくれる心強い存在です。しかし、時として、コミュニケーション不足や治療に対する考え方や理解度の違いから、患者さんと医療従事者との間で治療の認識にズレが生じてしまうことがあるかもしれません。こういったすれ違いが続くと治療に前向きに臨んでいる患者さんは不安になってしまうこともあるでしょう。

医療従事者と良いコミュニケーションをとり、納得した上で治療を受けるためにも、患者さんと医療従事者との間で生じやすい認識のズレを理解することが大切です。そのために今回ご説明するのは、行動経済学に基づく以下の4つの知識です。

  • わずかな確率のリスクでも患者さんにとっては深刻なものと感じられてしまう「プロスペクト理論」
  • 患者さんと医療従事者とでは治療を選ぶまでの考え方が違う「利用可能性ヒューリスティック」
  • これまでの苦労が無駄になることを避けようとする「サンクコストバイアス」
  • 今の状態から変わること自体が患者にとってはストレスとなる「現状維持バイアス」

なお、行動経済学は、経済活動において必ずしも合理的な行動をしない人々を理解するために心理学を応用する学問ですが、そのエッセンスは治療に対する患者さんの行動にも応用することができるのです。

 プロスペクト理論

今度の週末が晴れる確率のように、私たちに何かの可能性を知らせる数値の多くは、しっかりとした客観的な裏付けがあります。しかし、そうした数値や確率と、私たちがそこから受ける印象やリアクションの間にはズレが生じることが多くあります。

例えば、出かける前に30%の確率で雨が降ると聞いた場合、あなたは傘を持っていきますか?おそらく多くの人が傘を持っていくと思います。雨が降らない確率のほうが高いにもかかわらずです。

これは客観的な確率と主観的に認識される確率が一致していないためです。客観的な確率と主観的な確率の関係を示したものが、以下のグラフです。このグラフ の曲線のように、40%(0.4)までは主観的な確率のほうが客観的な確率よりも高く判断され、反対に40%以上の確率では主観的な確率のほうが客観的な確率よりも低く判断されます

また、先ほどの雨の例で傘を持っていこうという判断をさせるものに、損失回避という人間の特徴があります。人間には、何かを得て得をすることよりも、何かを失い損することを避けることを重視するという性質があります。以下のグラフをご覧ください。原点は損も得もない状態です。原点から少しでも左の損失のほうに行くと、一気に悲しさが増える一方で、右の得が少し増えても嬉しさはそこまで大きくは増えません。このため、傘を持たずに身軽に出かけられることよりも雨に濡れて不快な思いをしたくないという気持ちを優先させるのです。

治療の場面でも、医療従事者から示された検査や診断の結果などを実際よりも深刻なものと感じ、不安になったことがある患者さんがいるかもしれません。そうしたときには、医療従事者の説明をよく聞き、客観的な情報で自分のとらえ方に補正をかけることが有効です。

(後半に続く)

公認心理師 橋本 空

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