Vol.10 家族とのより良い関係を再構築する(後半)

交差的交流

心理学の理論に交流分析というものがあります。ここではその中で使われる交差的交流という考え方をご紹介しましょう。交流分析では、私たちの心のなかには以下のような3人の自分(自我状態)があるとし、それに沿って人との関係性を分析します。

  • 親の自我状態(Parents: P):親から教育された価値観やルールに則って生きている自分
  • 成人の自我状態(Adult: A):現実的で冷静に生きている自分
  • 子どもの自我状態(Child: C):感情や本能などのままに生きている自分

どんな人にもこれら3つの自我状態がありますが、どの自我状態が強いかによって、感じ方・行動の特徴が変わります。たとえば同じ「週末の過ごし方」についてでも、以下のように考え方が違います。

  • Pが強い人…疲れているけど、前から入れていた予定はやり通すべきだ
  • Aが強い人…来週のことを考え、しっかり休もう
  • Cが強い人…カラオケに行ってストレスを発散させたい

この3つの自我状態のバランスは個人差もありますが、状況によっても変わります。人前ならば冷静なAの自我状態で立ち振る舞うけど、お酒を飲んで酔っ払ったら本能のままに行動するCの自我状態になってしまうというのはよく見られることでしょう。

こうした自我状態は、コミュニケーションをとる相手のなかにも存在しています。両者がどのような自我状態でやり取りをするかによって、意思疎通がうまくできることもあれば、トラブルが生じることもあります。

たとえば、以下のコミュニケーションでは、母親が、親の自我状態から患者さんの子どもの自我状態に対して働きかけているのに対して、患者さんは成人の自我状態から母親の成人の自我状態に向けて働きかけています。こうなると互いに反応がかみ合わず、すれ違ってしまいます。これを交差的交流と呼びます。

  • 母親「症状がきつくない?代わりにやっておこうか?」
  • 患者さん「たとえしんどくても自分でできることは自分でしたい」

しかし、もし患者さんに「慰めてほしい、頼りたい」という本能的な子どもの自我状態が強ければ、先ほどの母親の「症状がきつくない?代わりにやっておこうか?」という言葉がけは適切なものとなります。こうした違いを図にすると以下のようになります。

交差的交流にならずに、コミュニケーションがうまくいくポイントは、自分が今、「相手に対し、どのような接し方や言葉がけを求めているのか」を理解してもらうことです。そのために、患者さんの側からも、家族にしっかりと自分の考えや望むサポートの形を伝えておくことが必要だと言えます

ソーシャル・サポートのネガティブな効果

周囲の人々が与えてくれる様々な形のサポートのことを、ソーシャルサポートと呼びます。、みなさんの家族の中にも、いろいろな手伝いをしてくれたり、精神的な支えとなってくれるような人々がいることでしょう。こうしたサポートは日々の生活の中に安心感を与えてくれ、ストレスを感じたときなどにも大きな力となってくれるものです。

しかし、こうしたサポートの送り手が自分と心理的にとても近いところにいる家族だからこそ、陥りがちな問題があります。ここでは、そうしたソーシャルサポートのネガティブな効果について紹介しましょう。

困難を抱える患者さんを「助けてあげる」という態度

家族は、病気である患者さんを「助けてあげる」という態度でサポートをすることがあるかもしれません。これは家族ならではの親密さの表れでもありますが、常にこうした態度でサポートをされると、受け手である患者さんは次第にプライドを傷つけられ、悲しい気持ちになってしまうかもしれません。

人と人が気持ちよくコミュニケーションをとるための前提として、お互いを対等な人間同士として尊重する気持ちが必要となります。この前提は、相手が家族であっても基本的には変わりません。もしも患者さんが家族からのサポートを受ける際に、違和感、不快な気持ち、悲しい気持ちなどを感じた時には、そのことを家族に伝え、より対等で気持ちよく付き合える関係性を模索してみるとよいでしょう。また、MSという病気について、家族に説明し理解を深めてもらうことも、過剰な心配をさせないことにつながり、対等な関係性を築く上で有効だと言えます。

②そもそも必要としないサポートを与えられること

ストレスを乗り越え、前向きに生きていくために必要なソーシャルサポートも、受け手である患者さんが必要としなければ、ありがた迷惑なものになってしまいます。しかしながら、家族だからこそ何かできることはしてあげたいという気持ちから、患者さん側の考え、気持ち、タイミングなどが考慮されないままのサポートがあるかもしれません。たとえば、何かを精一杯がんばっているときに「がんばれ」と励まされたり、自分でチャレンジして直面した問題を解決しようとしているところで、先回りして全て解決されたりといったものです。これらは患者さんにとってはストレスフルなものに感じるかもしれません。

こうしたソーシャルサポートのミスマッチを避けるために大切なことは、家族との間でコミュニケーションを日頃から取るようにし、最近どんなことで困っているか、何にチャレンジしようとしているか、どんなことをしてもらうと嬉しいかといった、患者さんの考えや気持ちを理解してもらうことです。こうした会話は、家族だから言わなくても何となくわかってもらえるといった期待から、ついおろそかになってしまいがちです。ですが、家族だからこそ、ネガティブな部分も含めて敢えていろいろと話をしてみてはいかがでしょうか。そうすればきっとよりよいサポートが受けられる関係を築くことができます。

いかがでしたでしょうか。家族はいつも患者さんの一番の味方になりたいと思っていることでしょう。しかし、そうした気持ちが患者さん自身の気持ちに寄り添うものではなくなってしまうと、意図せずしてネガティブな結果につながる場合があることをお伝えいたしました。

これらの問題は、いずれもお互いの考えをきちんと話し合うことで解消されます。患者さんと家族が歩みより力を合わせることで、みなさんが気持ちよく毎日を過ごしていくことができるでしょう。

公認心理師 橋本 空

参考資料

菊島勝也 (2003). ソーシャル・サポートのネガティヴな効果に関する研究 愛知教 育大学教育実践総合センター紀要, 6, 239-245.

小山 顕 (2016). 相談援助実践者の情緒的・関係的健全性-バウンダリー(自他境 界線)の祈祷と重要性― 聖和短期大学紀要, 1, 3-16.

菅沼憲治 (2009). 改訂新版セルフ・アサーション・トレーニング 東京図書

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